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大相撲の弓取式とは?なぜ弓を回すの?調べたら所作のひとつひとつに意味があった!

ある日、夕食を作りながらラジオで大相撲中継を聞いていた時のこと。

弓取式の解説が聞こえてきて、自然と頭の中で弓をくるくると回す力士の姿が浮かびました。

……でも、待てよ。

そもそも、なんで弓なんだろう?

弓取式とは?結びの一番のあとに行われる「勝者の舞」

弓取式(ゆみとりしき)は、大相撲で結びの一番が終わったあとに行われる儀式です。

弓を持った力士が土俵に上がり、四股を踏みながら弓を振り、最後には頭上でくるくると回す――。

大相撲を見たことがある人なら、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

私も「一日の取組を締めくくる儀式」くらいに思っていたのですが、調べてみると、ちゃんと意味がありました。

日本相撲協会によると、弓取式は結びの一番で勝った力士に代わって、勝利の喜びを表す舞なのだそうです。

つまり、弓を持って舞っている力士自身の勝利を祝っているわけではありません。

そう考えると、弓取式の見え方が少し変わってきます。

実は、結びの一番で東方の力士が勝った場合は東から、西方の力士が勝った場合は西から、弓取り力士が土俵に上がります。

さらに、土俵上で弓を使って行う所作にも、それぞれ意味があります。

では、そもそもなぜ「弓」なのでしょうか。

ここから少し歴史をさかのぼってみましょう。

弓取式はいつからある?歴史をたどってみた

では、弓取式はいつから行われているのでしょうか。

調べてみると、その歴史は思っていた以上に古いものでした。

日本相撲協会によると、弓取式の起源そのものは定かではありませんが、平安時代にはすでに、勝者が弓を持って舞うことがあったとされています。

江戸時代になると、千秋楽の三役揃い踏みに大関として登場した2人のうち、勝った力士自身が弓取を務めていました。

その後、江戸時代中期になると、勝った力士に代わって幕下の力士が弓取を務めるようになります。

現在の「勝者に代わって弓取り力士が舞う」という形に、だんだん近づいてきました。

現在の弓取式の原型を作ったのは横綱・谷風

そして、現在の弓取式の原型とされている出来事が起きたのが、寛政3年(1791年)。

第11代将軍・徳川家斉の前で行われた「上覧相撲」です。

このとき、小野川に勝った第4代横綱・谷風が弓を四方に振り回しました。

この所作が、現在まで続く弓取式の原型になったとされています。

谷風梶之助は、現在の宮城県仙台市出身。

寛政元年(1789年)には小野川喜三郎とともに横綱免許を受け、当時の相撲人気を牽引した力士の一人でした。

ここで面白いことに気づきました。

弓取式の原型が生まれた1791年の上覧相撲は、横綱の歴史にとっても重要な出来事だったのです。

谷風と小野川はこの上覧相撲で、紙垂(しで)を垂らした純白の綱を締めて土俵入りを披露しました。

日本相撲協会によると、これが史実に残る最初の「横綱土俵入り」とされています。

つまり、今も大相撲で見ることのできる「弓取式」と「横綱土俵入り」。

どちらをたどっても、谷風と小野川が活躍した寛政年間の相撲へ行き着くのです。

弓取式について調べていただけなのに、いつの間にか江戸時代の大相撲までやってきてしまいました。

こうなると、もうひとつ気になることがあります。

そもそも、なぜ勝者に贈られるものが「弓」だったのでしょうか?

なぜ勝った力士に「弓」が贈られるの?

弓取式の由来を調べていて、もうひとつ気になったことがあります。

そもそも、なぜ勝った力士に贈られるものが「弓」なのでしょうか。

実はこの弓、もともとは勝者に贈られる「賞品」でした。

日本相撲協会によると、相撲で勝者に賞品を贈る歴史は古く、平安時代の相撲節会では、米や布などが勝った力士に贈られていたそうです。

武家相撲の時代にもこの習慣は続きました。

そして武家時代には、武士にとって価値のある贈り物だった弓や矢、刀などが「懸賞」として贈られるようになります。

現在もその名残を見ることができるのが、千秋楽の最後の三番「役相撲」です。

最初の一番の勝者には「矢」。

二番目の勝者には「弦」。

そして結びの一番の勝者には、本来「弓」が贈られます。

ところが結びの勝者本人は、その弓を受け取りません。

代わりに弓取り力士が受け取り、勝者に代わって弓取式を行います。

つまり、私たちが弓取式で見ているあの弓は、単なる儀式の道具ではありません。

もともとは結びの一番を制した力士に贈られる「勝者の賞品」だったのです。

こうして見てみると、「結びの一番の勝者に代わって勝利の喜びを表す舞」という弓取式の意味も、少し分かりやすくなってきました。

勝者への賞品である弓を代理で受け取り、その弓を使って勝利の舞を披露する。

弓取式の「弓」と「勝者の代理」という二つの要素は、ちゃんとつながっていたのですね。

そして「弓や矢が武士にとって価値のある贈り物だった」と知ると、また別の疑問が湧いてきます。

そういえば、横綱土俵入りにも「太刀持ち」がいます。

相撲と武士には、いったいどんな関係があるのでしょうか。

……これは、また別の記事で深掘りしてみたくなりました。

相撲と武士には深い関係があった

勝者への賞品として、弓や矢、刀などが贈られていた武家時代の相撲。

ここまで調べて、ふと気になりました。

そういえば、横綱土俵入りにも「太刀持ち」がいます。

相撲には弓や太刀といった武具がたびたび登場しますが、力士と武士には何か関係があったのでしょうか。

調べてみると、想像していた以上に深いつながりがありました。

鎌倉時代から戦国時代にかけて、相撲は武士の戦闘訓練として盛んに行われていました。

相撲好きとして知られる織田信長も各地から力士を集めて上覧相撲を開き、勝ち抜いた者を家臣として召し抱えています。

さらに江戸時代になると、有力な大名たちは強い力士を競って召し抱えるようになりました。

いわゆる「抱え力士」です。

文政10年(1827年)には、江戸幕府が「大名家に抱えられている力士は武士、それ以外の力士は浪人」という見解まで示しています。

農民や町人の出身であっても、力士となり大名家に召し抱えられることで、武士となることがあったのです。

こうして歴史をたどってみると、相撲の中に弓や太刀といった武具が登場することも、少し違って見えてきます。

横綱土俵入りの「太刀持ち」も、武家では主人の太刀を小姓が持っていたことの名残といわれています。

弓取式について調べていたはずが、いつの間にか武士の世界までやってきてしまいました。

大相撲には、現在も武家社会の名残があちこちに残っているようです。

弓をくるくる回すのはなぜ?弓取式の所作にも意味がある

弓取式といえば、やはり印象的なのは大きな弓をくるくると回す姿です。

あの弓、長さは約2メートル10センチ、重さは約700グラムもあります。

そんな大きな弓を軽々と扱っているように見えますが、もちろん、ただ格好よく回しているわけではありません。

日本相撲協会によると、空中で弓を振り回す所作には、空気中の邪気を取り払う意味があるそうです。

ちなみに、弓取式の所作の順番は決まっていますが、意外なことに、空中で弓を回す回数そのものには決まりがありません。

土俵を掘っているような動きは「弓を抜く」

もうひとつ、弓取式をよく見ると、弓の先で土俵を掘るような動きをしています。

この所作には、ちゃんと名前がありました。

その名も「弓を抜く」

しかも、どちら側から先に弓を抜くのかまで決まっています。

結びの一番で東方の力士が勝った日は東側から、西方の力士が勝った日は西側から。

弓取り力士は結びの一番の勝者に代わって舞っているため、ここでも勝った力士を称える所作になっているのです。

実は弓取り力士が土俵に上がる側も同じです。

東方の力士が勝てば東から、西方の力士が勝てば西から土俵へ上がります。

今まで何気なく見ていた弓取式ですが、結びの一番でどちらが勝ったのかによって、細かな動きまで変わっていたのですね。

これは次に大相撲を見るとき、確かめてみたくなります。

もし弓を落としたら……手で拾ってはいけない!

では、あれだけ大きな弓を回していて、うっかり落としてしまったらどうするのでしょうか。

普通なら手で拾えばよさそうですが、弓取式ではそれができません。

弓取り力士は、あくまでも勝った力士の代理です。

そのため土俵に手をつくことはできず、落とした弓を足の甲に載せて跳ね上げ、手で受け取ります。

もし弓が土俵の外まで飛んでしまった場合は、呼出が弓を拾って土俵へ戻します。

それでも弓取り力士は手で拾わず、やはり足で跳ね上げて受け取るのだそうです。

「勝者に代わって舞う」という弓取式の意味が、こんなところにまで徹底されていました。

弓取式は、結びの一番が終わったあとの単なる締めくくりではありません。

由来や一つひとつの所作を知ってから見ると、今までとは少し違った景色に見えてきそうです。

弓取式が終わったら聞こえる「カン!」の音は何?

弓取式について調べていると、その「終わり方」にも名前があることが分かりました。

弓取り力士が最後の所作を終えると、呼出が「柝(き)」を打ちます。

柝とは、いわゆる拍子木のこと。

そして、一日の最後に打たれる柝を「あがり柝(あがりぎ)」と呼びます。

さらに面白いのが、大相撲で使われる「打ち出し」という言葉です。

てっきり結びの一番が終わった時刻を指すのかと思ったら、そうではありません。

弓取式が終わり、あがり柝が入った時刻が「打ち出し」なのです。

つまり、一日の大相撲は結びの一番で終わるのではなく、弓取式まで含めて一つの興行になっているということ。

弓取式が「最後のおまけ」のようなものではないことが、こんなところからも分かります。

ラジオの最後に聞こえる太鼓にも意味があった

私は普段、ラジオで大相撲を聞くことがあります。

放送の終わりごろになると、会場に太鼓の音が響いていることがあるのですが、あれにもちゃんと名前と意味がありました。

「跳ね太鼓」です。

その日の興行が終わったことを知らせるとともに、「また明日もお越しください」という意味を持つ太鼓です。

そういえば、千秋楽ではこの太鼓を聞いた記憶があまりありません。

それもそのはず。

「また明日」のない千秋楽には、跳ね太鼓は打たれないのです。

何気なくラジオで聞いていた太鼓の音まで、大相撲の一日の流れの中に組み込まれていました。

結びの一番が終わり、弓取式が行われ、あがり柝が入り、そして跳ね太鼓が響く。

これまで何となく見たり聞いたりしていた大相撲の終わりの風景も、それぞれの意味を知ると、ずいぶん違って感じられます。

知ると、大相撲はもっと面白くなる

今回、ラジオで弓取式の解説を聞いたことをきっかけに、「そもそも、なぜ弓なんだろう?」という小さな疑問から調べ始めました。

すると、弓はもともと勝者に贈られる賞品だったこと、弓取式は勝った力士に代わって喜びを表す舞であること、弓を回す所作にも意味があることなど、今まで何気なく見ていた光景の一つひとつに理由があることが分かりました。

さらに調べていくと、武士と相撲の関係や横綱の歴史、最後には「あがり柝」や「跳ね太鼓」まで。

まさか弓取式の疑問ひとつから、ここまで話が広がるとは思いませんでした。

でも、これこそ大相撲の面白さなのかもしれません。

知ってから見ると、「あ、今の所作にはこんな意味があるんだ」と気づける。

そしてラジオで聴いていても、呼出の声や拍子木、太鼓の音から、その場の光景を思い浮かべることができます。

知ると、大相撲はもっと面白くなる。

次に弓取式を見るときは、どちら側から弓取り力士が登場するのか、弓をどう動かしているのか、そして最後に聞こえる音にも、ぜひ注目してみてください。

きっと今までとは少し違った弓取式に見えるはずです。

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